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私が十分離れたのを見て仁志くんは無言のまま頷くと、校舎と外壁の間のごく狭い空間に走っていった。
ぎゅっと口唇を噛みしめながら、私はポケットの携帯を取り出した。
浅海先生はメグのために、話を聞くまではことを荒立てるな、と言った。
仁志くんは多分──織部さんのために。
だから今、救急車を呼んだり警察に連絡したりするのは──怖くて、私にはできない。
仁志くんや浅海先生に怒られるのが怖いからじゃない。
第一、何が起きているのかさっぱり判らないし、私がそれをすることで今久遠寺さんを追っていった仁志くんの思惑を妨げることが怖かった。
久遠寺さんは、一体何を考えているんだろう。
同い年の女の子のはずなのに、まったく考えていることが判らなかった。
それどころか、彼女は大人の女の人以上の思惑を抱えた、恐怖を伴う存在のようで──さっきのあの瞳を思い出すだけで、寒気がする。
足元を冷たい木枯らしが吹き抜けて、一気に体温を奪っていった。
さっきの寒気とは本質的に違う寒気に襲われて、急に心細くなってしまう。
「仁志くん……」
ぽつんと呟いた私の声は、乾いた冷たい土の上に落ちる。
その頭上で、冬を運ぶための真っ黒な雲がむくむくとその存在を広げ始めていた。
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