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「それがね、いつもみたいにあの男としてる時──見つかったの。お父さんの秘書の女に」
「え……」
「彼、その女と付き合ってたの。その場で、私が女に殴られた。机の上にいたのに、床まで吹っ飛ばされた。それでも“泥棒猫!”ってまた殴られた。おかしくない? 私、初潮もまだの子どもだったのに」
「……」
「怖かった。いつもは上品で綺麗な人だったのに。“菜々子ちゃん”って可愛がってくれてたのに、鬼みたいな顔して真上から私を殴るの。子ども相手に、本気でよ。男が止めてくれたけど、騒ぎを聞きつけてお母さんも来ちゃった。お母さんの取り乱し方で私は男に玩具にされてたことを悟って、それで全部終わった」
久遠寺はもう一度クスクスと笑って──溜め息をついた。
「……無邪気に私を褒めてくれる人も、いなくなった。それから、ものすごいおじいちゃんの秘書……加賀美さんが私のそばについてくれるようになった。その頃よ、坂田先生の親友──斉木守さんが亡くなったのは」
「──!?」
俺が顔を上げると、久遠寺はカーテンをまた開く。
雨が降り出した、と言いながら久遠寺は無意味に笑うのをやめた。
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