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「弘ちゃんが貴恵さんを犯したんだ……って、世間は今でもそう思ってる。でも真実はその逆よ。傷付けられたのは、弘ちゃんの方。貴恵さんが出て行った後も、弘ちゃんは怖くて堪らなくて自分で自分を強く握り締めて眠ったの。目が覚めた時、妹が俺の上にいませんように……って祈りながら」
そして、久遠寺は俺の腰にぎゅうっと腕を回した。
「斉木守さんのことは、本当に気の毒に思ってる……けど、貴恵さんがいたら、私は弘ちゃんと出会えなかった。だから、今でいい……今がいい。それは、ごめんなさい」
気が遠くなりそうな告白を聞きながら、俺はのろのろと視線を落とす。
縋るように抱きついてくる久遠寺を見て、腹の底がざわざわと騒ぎ出すのが判った。
──頭は、混乱してる。多分。
だけどそれとは別に、やけに醒めた意識が俺の中にある。
今まで、こんなに自分の中の悪魔の存在を意識したことがなかった。
ここまでの話を聞いて、少なくとも久遠寺菜々子という少女の発想が理解できた。
久遠寺の娘に生まれたために、この少女は生き方も価値観も、その何もかもを歪められた。
そんな中で必死にまともな人間らしい感情を探して、探して──ようやく見つけた相手とは、普通に愛し合うこともできなくて。
そんな時に一色のことを聞けば、同い年なだけに彼女を自分の片割れのように感じ、憧れと憎しみが一気に噴き出してくるに決まっている。
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