ある少女の悲劇。

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  「陽香と中居は、どこだ?」  家庭科室の中には入らず俺がそう訊ねると、久遠寺は少し逆光になった部屋でニコリと微笑んだ。 「焦らないで、坂田先生。先生の彼女は、絶対に無事だから。私が保障する」 「……こんなこと仕組む人間の言うことなんて、信じられないんだけど」 「本当よ。意外に思うだろうけど私、坂田先生みたいな人、大好きなんだから」  言いながら、久遠寺の目が面白そうに細められる。  好意じゃない。他人を観察する時の人間の目だ。  けれど、この少女が俺に何か話をしたいのだろうということは判った。  直感だけど、それは俺にとって決していい話じゃない。 「あまり大人を嘗めないでもらえるか。きみの目は、人に好意を向ける時の目じゃない」 「……よく言われるから、知ってる。でも本当よ。ただ先生は弘ちゃんを虐めるから……」 「コウちゃん?」 「中居弘毅っていうでしょう、あの人。だから、弘ちゃん……」  久遠寺菜々子は、実におかしな少女だ。  誰もその瞳に映していなかったくせに、弘毅のことを思い彼の名を口にした時だけは、まるでうっとりと歌うようだった。  一瞬で潤んだその瞳で、把握できた。  久遠寺は、弘毅を愛しているんだと。 .
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