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「俺のお姫様は、ななこ、っていうんだ。いいところの娘で、綺麗で、可愛くて、頭のいい──とてもいい子だった」
「だった……?」
思わず訊き返すと、中居さんは無言でこくんと頷いた。
「あんたは7年前のことを知ってるんだな?」
「……斉木くんのこと?」
「そうだ。斉木守と──彼を殺した、俺の妹……貴恵が死んだ事件だ」
「……っ!」
脳裏に、斉木くんの葬儀の後泣いた仁志くんの姿が甦る。
彼の肩越しに見た、大雨とその音と──与えられた痛みと、苦しさと。
そして、岳ちゃんの小説から浮かび上がる仮想の景色までが浮かんだ。
「俺は、忘れたかったんだ。貴恵がこの世からいなくなって、ほっとした。なのにマスコミのせいであらぬ噂を立てられるわ、窓から石が投げ込まれるわ、壁一面に落書きされるわ、火を点けられそうになるわ……俺の素行がよくなかったせいもあって、ベタなことを徹底的にやられたな」
「……それは……」
二の句が告げずに、押し黙るしかなかった。
「寒くなって、少し落ち着いてきた頃、いきなりうちにやってきたんだ。ななこが」
「ど、どうして……?」
中居さんはのろり、と視線を上げると、あたしと目を合わせる。
「ななこは……まだ小さかったのに、父親の……久遠寺の会社の持つビルから、あの現場を見ていたらしい。貴恵と斉木守が会社ビルの屋上から落ちるところを──」
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