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「ハル」
「え?」
「さっき、何言いかけたんだよ」
「あ……」
思いもよらないタイミングで問われ、俯く。
──あたしは、あの人が好きなの……。
さっき口からこぼれ落ちそうになったその真実に、恥ずかしくなった。
さっき思わず言ってしまいそうになったのは、不意に岳ちゃんに肩を抱かれたから。
けど、今このタイミングでそれを口にしてしまうと、何だかとても嫌な女みたいで──そう思われたくないわけじゃないけど、躊躇った。
すると岳ちゃんはあたしの上でふうと息をつく。
「……ハルは俺を選ばない。そう、言いたかったんだろ?」
そう落胆しているとも思えない声で、岳ちゃんは言った。
即座に「そうなの」なんて頷けるはずもなく、ただ岳ちゃんを見上げる。
岳ちゃんは自嘲気味にふっと笑いを漏らすと、ほとんど無人の青い空間をただ歩いた。
「まあ、判ってたけど、最初から」
「どうして……」
「さあ。強いて言うなら、俺になびかないから……かな」
「……?」
岳ちゃんの言うことが判らず、首を傾げる。
耳にイヤホンをして、あてもなく歩いていく女性客とすれ違った。
女性客は少し訝しげにあたし達を振り返ったけど、そう気にする様子もなく水槽に両手をつけ、やがて真上を泳ぐ小さなサメを眺める。
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