真っ黒の淵。

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  「で、あの男でなきゃ駄目なんだと、判った──違う?」 「……そう、だけど」  岳ちゃんの腕の中にいながら、自分の情けなさに反吐が出そうだった。  自分の言葉で、自分が言わなければならないことだったのに、全部彼が喋ってしまった。  そうして頷くだけの甘ったれの自分が、本当に嫌になる。  すると岳ちゃんは、またふっと自嘲めいた笑いを漏らす。  その声で、やけに実感してしまった。  悲しくて泣きたい時ほど、不器用な笑顔を見せることしかできない人間がいる、ということを。  岳ちゃんがそういう人だと、今初めて知った。 「そこ、勝手に自己嫌悪に陥んな」 「ええ!?」 「俺が、ハルの口からそれ聞きたくなかっただけだ。一応これ、俺にとって初めての失恋だしねー」  少し嫌味な口調でそう言いながら、岳ちゃんは非常口のドアノブに手をかけた。  ギイ、と重い鉄の扉が開かれる。 「し、失恋って……」 「突っ込みもせずに終わるとか、初めてだっつうの」 「げ、下品!」 「これくらい言わせろ!」  足を拘束されているのでなければ、今すぐ飛び降りて駆け出したい気分だった。  動きが取れないことに我慢しつつぷうっと頬を膨らませると、岳ちゃんはクスッと笑う。  ──すると。  ドアを開ける岳ちゃんの動作がふと止まった。 .
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