真っ黒の淵。

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  「……まだぐっすり、お休みか」  低く、冷たい男の声。聞いたことのない声。  でも、それだけで男があたしに対して何の関心もないことが判った。  男は部屋の様子を確認するだけして、バタンとドアを閉めてしまった。  部屋の中に何の気配も感じなくなり、うっすらと目を開ける。  ドアのすぐ向こうに、今の男のものらしい気配を何となく感じて、じっと耳を澄ました。 「……ああ、坂田先生? 俺だよ、中居」  中居──その名前に、ハッとした。  斉木くんが亡くなった事件を起こした女性の名前は──中居貴恵さん。彼女の、関係者だろうか。  全く無関係とは思えなくて、冷や汗が流れてくるのを感じながら、息をひそめる。  彼が話しているのが仁志くんなら、尚更だ。  でも、なぜ? その答えなど知る由もない。  けど、疑問は焦るように胸の中から沸いて出てくる。 「何か、もう面倒でな。預かったよ。本屋のお嬢さん」  ビクッと身を竦ませる。  今の一言で、何もかも把握できた。  ──あたしは、誘拐されたんだ。仁志くんの弱点として。  ドアの向こうの中居という男の人が、何故仁志のくん弱味を握らなければならないのか──そんな細かい理屈までは、判らない。  けれど中居さんの声と、話したことと、この状況。間違いない。 .
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