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身の危険をずっと感じているからか、あたしの勘はやけによく働いた。
ズキズキとまだ痛む頭でも、思考が巡る速度は止まらない。
「……心配しなさんな。運ぶのに抱き上げた以外は、指一本触れちゃいない。そんなのに不自由はしてないし、第一、お前の後なんざごめんだ。運び込んだままの状態で、まだ奥の部屋で眠らせてある」
ドアの向こうから漏れてくる声に、ぎゅっと口唇を噛みしめる。
女として、言葉で辱められるようなことを言われたことが腹立たしい──というのはある。
けど、あたしの焦燥に火を点けたのは、別の意味だった。
そんなこと、仁志くんに聞かせないで欲しい。
その気になればどうにでもできる、なんて含みを持たせて、彼を虐めないで欲しい──……。
中居さんの電話の向こうで、ひどく怒り狂っているであろう仁志くんの顔が安易に想像できて、彼のその心境を思っただけでまた涙がこぼれた。
多分、仁志くんがしつこい程心配していたのはこのことだったんだ。
今日くらいは家にいた方がいいと言った仁志くん。
それをあたしは普通に出勤するからと押し切った。
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