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仁志くんがどんな気持ちでそれを譲ってくれたかを考えると、胸がぎりぎりと締め上げられてくる。
「何のつもり……? そうだな……ただお前の嫌がることをしたいだけだ」
中居さんの声のトーンが、一瞬だけ軽いものになる。
ドアの向こう側の光景を窺うことはできないけど、視線をあてもなく彷徨わせて呟いたような──そんな声だった。
「……?」
後からこぼれた涙をまた拭って、あたしはまた息を呑む。
20代半ばに差しかかろうという女をわざわざ薬で気絶させ、職場から勝手に連れ出して。
そんなことをする人なんだから、ある程度覚悟をしてやっているんじゃないだろうか。
覚悟をしているなら、自分のしていることを判っているはずだ。なら、罪悪感なんてないんだろう。
今の今まで、あたしは単純にそう思っていた。
でも、今の中居さんの声には、少なからず後悔が含まれているんじゃ──。
そう思った瞬間バタンとドアが開けられ、携帯を手にした中居さんがどろりとした目で立っていた。
その目と目が合ってしまい、ひっ、と小さく声が漏れる。
寝ていないことが一瞬でばれてしまった以上横になっている方が恐ろしくて、無駄だと判っていながら身体を起こし、膝を立てたまま壁際まで逃れた。
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