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「仁志くん……」
無事だと伝えたいのに、それを口にすればますます彼の感情を煽ってしまいそうで、涙を堪えながら息を継いだ。
『大丈夫なのか!? 怪我はない!?』
「だ、大丈夫。かすり傷ひとつない……と思う」
『本当に……? 今、どういう状態なの』
「手と、足を縛られてる……それ以外は何も変わってない」
手足を確認しながらそう言うと、仁志くんはほっと息をつく。
安心したというよりは、呼吸を仕切り直したようだった。
『……ごめん。陽香。俺のせいだ。俺のせいで……』
「仁志くん……」
『すぐ、行くから。すぐに助けに行くから……!』
怒りで、仁志くんの声が震えた。
目の前で電話を持つ男が怖くないと言えば、嘘になる。
けれどもし、この手が、足が自由だったなら──思い切りこめかみの辺りを狙い、そう固くはない拳を叩きつけて、臑を蹴り上げて──そうして、逃げることを試みるのに。
あたしがそういう意思を持って見上げると、中居さんはおかしそうにまたふっと笑う。
一見不愉快な中居さんのその笑みは、この状況そのものを愉しんでいるように見えた。
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