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──見事なくらい、真っ暗だなー……と。
周りの景色を見つつ呑気にそんなことを考えながら、ぼんやり彷徨っていたような……それとも、今ここに来たばかりだっただろうか。
ここにいる経緯まで思い出せなくて、首を傾げた。
あれ……俺、誰だっけ。
自分の周りだけは薄闇のようになっていて、輪郭くらいは判るから──と、両方の手のひらを広げて見てみる。
……俺の手、だ。
馬鹿じゃないんだから、それくらいは判る。
けれど、“俺”を示すものが何だったのかがすっぽり抜け落ちたように、判らない。
何てこった。
俺は、こんなうっかりな男じゃなかったはずだ。
覚えてはいないけれど、この身体に染み付いている判断力の断片のようなものを感じる。
すると、耳元を掠めるようにして雨音が通り過ぎていった。
歩道を歩いている時、自転車に追い越されたかのように一瞬で。
何故だか判らないけど、今の雨音を追わなければ……と思った。
考えてみれば、肩は全然濡れてなんていないのに雨音だけが俺を追い抜いていった──なんてありえない。
だけど、こんな真っ暗な場所、世界中のどこを探したって多分見つからない。
真っ暗なくせして、自分の身体の輪郭だけぼんやりと浮き上がって見えるだなんて。
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