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胸の中に複雑な感情がぐるぐると渦巻き始めた気がするんだけど、子どもの俺はそれを何ひとつ言葉にできなかった。
当たり前だ。それは、ここから見ている大人の俺の感情なんだから。
おかしな話だった。これは確かに俺の記憶だ。
これまで全然覚えていなかったのに、俺の意識よりも身体が思い出してきた。
小さな陽香を見ながら、指先がジンと冷たくなり始めたことを覚えていた。
サワサワと額をくすぐる前髪の毛先が冷たかったこととか、傾く陽が照り返すその角度とか──何もかも、身体が覚えていた。
それでこれは過去のことなんだ、という確信が湧き上がってくるのに、おかしなことに今の俺の感情が子どもの俺に逆流する。
子どもの俺はその複雑な感情がどんな色をしているのかも判らずに、そこに飲み込まれてしまわないようひたすら目の前の小さな陽香に意識を集中させていて。
……こんなこと、有り得ないのに。
だけど、俺の心臓が静かにトクトクと繰り返す。
──俺は、陽香のことを好きなんだ……ということを思い出す。
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