先生の旅立ち

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薬剤部があるのは、一階の総合受付の直ぐ隣。   私はガラス張りの中庭渡り廊下を通って、薬剤部に向かって歩いている。     渡り廊下の中心辺りでふと足を止め、暖かな光が差し込む屋外に目を向けた。   今日は土曜日。 いつもより、日向ぼっこをしながら中庭で寛ぐ人の数が多い。   小児科に入院してる子供達が、パジャマのままで鳩を追いかける微笑ましい光景。     白いベンチでは、うちの入院患者である伊藤さんが、昼食に出たパンを鳩にあげていた。 「もう!あれだけ鳩を餌付けしちゃ駄目って言ったのに」   そう言ってため息をつきながらも、ガラスの向こう側から聞こえてくる温かな笑い声に耳を澄まし、自然と微笑みが零れた。     渡り廊下の時計が、午後1時を知らせる。       …今から先生は、さゆりさんと永遠の愛を誓う。 二人は、夫婦になるんだ―――。         抜けるような青空に、数羽の鳩が羽を広げて飛び立って行く。       「…先生、おめでとうございます」     澄んだ空を見上げ、誰にも聞こえない小さな声でそっと呟いた。  
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