先生の旅立ち

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「先輩、先輩、水島先生って今頃イタリアあたりかなぁ」   薬の整理をしている私の横に体を寄せ、奈美が興味津々な顔で話しかけてきた。     「さぁ…どうだろ」   私は気の無い返事をして、連なった薬袋を一包ずつ切り離し箱に詰め続ける。   「あ~ぁ、実は水島先生のファンだったのにぃ~!ショックだわ」   私より三つ年下の理恵子が、ひょいと現れ話に加わって来た。     「何言ってんの?あんたなんて最初から先生の眼中にないっつーの!」     奈美は呆れた口調でそう言って、手を振ってシッシッと理恵子を追い払おうとする。     「そんなの分かんないじゃん。彼女よりも先に出会ってたら、今頃私が先生とイタリアの街を歩いてたかもよっ」 彼女も負けじと口を尖らせ反論する。 「それでも有り得ないっ!寝言は寝てから言えって」 奈美は馬鹿にしたようにププッと吹き出して、「ねー、先輩っ」と、私に同意を求める。 「う~ん。努力次第では、不可能が可能になるかもよ」 タイミングが遅すぎると努力なんて儚いもので、不可能はどこまで行っても不可能だけどね…。 私も、彼女より先に出会いたかったよ。―――心の内にそう言って、私は人知れず小さなため息を落とした。
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