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「病院からの送迎バスに乗れなかったって事は、ここまで一人でタクシーで来たの?」
私は先生にシャンパングラスを渡す。
「時間が無かったから自分の車で来たんだ。だから今日はアルコールはお預け。これも、一口だけ貰うね」
先生はグラスを軽く傾け乾杯の仕草をすると、細かな気泡の上がるシャンパンを口にした。
「へぇ~。自分の車かぁ…これはこれは、願ったり叶ったりで」
薄ら笑いを浮かべる綾子が、私達の背後からぽつりと呟く。
「綾子?」
私は首を傾げ、白ワインのグラスをゆっくりと揺らす綾子を見つめる。
「何でもないよ。ちょっと良い事考えちゃったの~」
綾子は悪戯気な笑みを放った後、上機嫌で残りのワインを一気に飲み干した。
「あっ、俺まだ挨拶に回ってないから行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい。そのグラス片づけておくからいいよ」
そう言って、立ち去ろうとする先生からグラスを受け取った。
彼は「また後でね」と私達に微笑んで、すれ違う人たちに会釈をしながらお偉い様方の座るテーブルへ向かった。
「……」
私は、人混みに紛れ消えて行くその後ろ姿を黙って見ていた。
「そんな淋しそうな顔しなくっても、また後で話せるって」
綾子が後ろから私の肩を軽くポンポンと叩いた。
「えっ?私、そんな顔してた?」
「えっ?って、あんたってホント分かりやすいんだから~」
驚いた表情の私を見て、綾子がクスッと鼻を鳴らした。
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