392人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあ、…またね」
笑顔でそう言うと、先生は軽く片手を挙げ病室を後にした。
その笑顔と後ろ姿が、私が見た最後の先生の姿となった―――。
そして、
産休を終えると同時に、私は子育ての為に退職をした。
秋――――
先生とさゆりさんとの間にも、無事元気な女の子が誕生したと綾子から知らせが届いた。
時々綾子から聞く先生の職場での様子。
唯一、それだけが先生の存在を現実のものと感じられる時間であった。
初めての専業主婦、初めての子育て。
毎日同じ事の繰り返しではあったが、娘と過ごす緩やかな時間に安らぎを感じていた。
その年の冬を越して、春―――
直人は、同じ系列の会社に転職をした。
以前の会社とは違い泊まりの出張もなく、東京へ行く必要もなくなった。
私が直人のもとへと戻った日以来、直人は勿論の事、私もまどかの話を持ち出す事はなかった。
まどかの事は忘れよう…
直人を信じよう。
―――それが私のできる直人への唯一の償いだった。
最初のコメントを投稿しよう!