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「先生は居なくても、あの病院には先生との思い出がたくさんあるから…。もう、あの病院では働けない。きっと、思い出しちゃうから…」
病棟でも、廊下でも、食堂でも、いつも先生の白衣姿を探してた。
あの人の真剣な眼差しを、笑顔を、横顔を、後ろ姿を…ずっと見つめてた。
そんな、ときめく恋をしていたあの頃を―――きっと思い出してしまうから。
私は綾子を見つめ、静かに微笑んだ。
「そうか…そうだよね。唯の中では、もう大切な思い出になってるんだから、今さら昔の想いを掘り返す必要なんて無いよね。
唯…今なら言えるでしょ?自分の選択は間違って無かったって。今のあんたは、誰が見たって幸せそうだもん」
抱っこを求めて私に向かって両手をいっぱいに広げる凛を見つめ、綾子が囁いた。
「うん。凄く幸せ。今の生活は平凡かも知れないけど、今の私なら分かる。平凡が一番幸せなんだって」
私の胸に顔を埋め、無邪気に甘える愛しい娘の髪にそっとキスをした。
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