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部屋にも戻ると、すでに昔の恋人はいなかった。デスクに手紙があった。
私に対する失望の言葉が綴られていた。なかでも、こんな幻滅をするくらいなら、再会するべきじゃなかったよ……、との文句が私の心を突き刺さした。酷く自分勝手な、と思いながらも、私が受けた感慨に相似している。
まだ彼女は近くにいるはずだ、と私は再度外にでた。
雲一つなき空から小雨の糸条(いとすじ)が流れていた。夕日に彩られた滴は、シャンパンが天空から降り注がれているかのように幻想的であり、その一滴一滴に虹の破片が散りばめられていた。傘を持たない私は、雨に打たれながら駅まで走った。
駅ちかくで彼女を見つけた。傘も差さず、人混みの中に吸い込まれようとしている。
なぜか私は立ち止まった。今すぐ追いかけるべきじゃないか、と考えながらも、あのような手紙を書かせた以上、私は彼女と永劫、関わるべきではないと思ったのだ。
駅に入る彼女を見つめる私は、強まる雨により衣服も髪も濡れていた。傘を差して通り過ぎる人が、怪訝な顔で振り返ろうが、その場を離れることができず立ち尽くしていた。
虹の破片たちが私の身体にぶつかり砕ける。そして砕け散った虹の色が無秩序に混合され、私の心身に色を塗り重ねていくように思われた。(その色は、かつて私がレインボーに失敗したとき同様、気色悪い色合いのはずだ)
雨滴の生温い感触が、暗澹たる時期を想起させた。神社が思い出され、すぐに悠を想った。この雨は、私が哀しませし悠の落涙ではないか、と。
混じり合った虹の色が黒に私を染めゆく。雨脚が滝のように勢いを増す。しかし動くことができなかった。いや、逃げられず、避けられぬことを知っていた。そして私の心は、常闇の世界へと堕していった。
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