比呂樹の章

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『今も尚、私を思ってくれて、ありがとう… 私は、貴方の思いに応えず、去ったというのに』 「当時の君の心と魂は、真哉が連れて行ってしまったが、君の体の一部は、俺が貰っているよ」 …当時、魂の居なくなってしまった結を連れ、旅立ちの支度は全て俺が独りで行った。 身を清める時に初めて見た、結の素肌。 16歳にしては幼い体つきをしている事が、只々、哀しくて涙が止まらなかった。 「今度、生まれて来る時には、恐がりで気弱な、普通の女の子で良いんだよ。 俺が、護ってあげるから」 『はい…来世では、貴方の傍に…』 その後も結と手を繋ぎ、語り合った。 今、居るこの世界は俺と結の二人きりだった。 …やがて、結が何処かを見つめ、溜め息をついた。 『月が、沈みます。お別れです…』 どうやら、この再会は月が出ている夜の間のみの様だ。 「そうか…仕方が無いな」 寂しい、出来るならば、この手を離したくはない。 だが、こうして再会出来たのだから、これ以上の欲は言うまい。 『さようなら。来世で、会いましょう』 笑顔で結は約束してくれた。 「来世で、必ず」 綺麗な笑顔を残し、結の姿が消えて行く… それと共に視界が開け、俺は変わらずパーティー会場に居た。 「大切な人に、会えましたか?」 マイクも無いのに、仁志の声が耳元に響いてきた。 「ああ、会えたよ。ありがとう…最高の、贈り物だ…」 ステージから仁志が笑顔で俺を見つめていた。 つい先程まで、この腕の中に居た、結に生き写しの笑顔で…
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