比呂樹の章

11/13
前へ
/46ページ
次へ
会場を後にした俺は、空を見上げた。 既に日が登り、星々も見えなくなった空に、独り浮かぶ月。 その月を見つめると、自然に笑みが浮かぶ。 「…結、俺は馬鹿だったよ。 君に早く会いたいばかりに、常に死に場所を求めていた。 だが、それは間違いだったようだ。 俺は、生きられる間、生きる。 君が見たかった物事を見、出来なかった事をしよう。 仁志達が何を成して行くのか、周防の未来を見届け、目を閉じる事にするよ。 そうして頑張らないと、来世で君に会えない気がするんだ」 「兄さん、空に向かって何をブツブツ言っているのですか? そんな姿を桜華が見たら、変態オヤジだと引かれますよ?」 後方から比呂斗が情け容赦ない台詞を浴びせてきた。 「…ほう、実の兄弟にお前は、そう言うか? 俺が変態オヤジなら、お前は更に上をいくぞ。 何せ、“女子高生に振り回されて喜んでいる”んだからな?」 「…倍返し、ですか?」 「口で俺に勝とうなぞ、百万年早い」 笑顔で言ってやると、比呂斗は盛大に溜め息をつき、肩をすくめた。 「確かに。口では兄さんに叶いませんよ。 …会えたんですね、結に。様子で分かりますよ」 「ああ。幸せな一時だったよ。仁志達には感謝している」 笑顔で答えた俺の肩を、比呂斗は泣きそうな顔をして掴んできた。 「兄さん、生きてくれるんですね? 今、結に誓った事は、違えませんね?」 「ああ。違えない」 「仁志から伝言です。 “女の子が生まれたら、名前を付けてくれますか?”だそうです」 「それは、何時になるやらだな。 爺さんになるかも知れんぞ」 仁志、生きろと言うのだな? ああ、生きてみせるさ。 結の代わりに、お前達を見守って生きるよ。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加