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しずがお茶を置くなり立ち上がったのを見て、桐は大きな瞳を瞬かせた。
どこか行くのかと尋ねた彼女にしずはいつもの表情を崩さないまま頷いた。
「光則様に呼ばれておりまして。すぐに戻りますので、虎吉様、桐様を宜しくお願い致します」
丁寧な口調ではあるが、要するに、彼女を見張っておいて下さい、という事だろう。
桐が目を離した隙にどこかに行ってしまう事は虎吉も十分に理解していた為、分かりました、と笑いながら頷いた。
しずは唇を尖らせた桐に、大人しくしていて下さい、という内容の事を言ってから、盆を持って退室した。
音も立てないで閉ざされた襖は彼女の神経質な性格を良く表していた。
小さな音でも、彼女の耳はそれを拾う。
前に虎吉は足音で気付かれた事がある。正確には、袴が擦れる衣擦れの音で、だが。
やはり貴方でしたかと言われた時は内心でかなり落ち込んだ。
一応、武家に生まれた身だ。
幼い頃から武術を学んで来たし、物音には気を配っていた。他人のものにも、自分のものにも。
茶屋の娘如きにと言ってしまえば失礼だが、本当にそう思ってしまう程、音で気付かれた事は衝撃だった。
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