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虎吉様、と呼ばれた。
はっとして隣を見下ろせば、きょとんとした顔で桐が此方を見ていた。
変わらない、いつもの姿だ。
先程のものは一体何だったのか。
幻覚だとすれば、自分は相当精神的に疲れているのだろう。
虎吉様、と繰り返し名前を呼ばれ、彼は漸く反応した。
気付けば、自分は彼女と中庭に出ていて、椿の前にいた。
赤い赤い、椿の花だ。
「どうかなさいました?ぼんやりとなさって…」
「え…嗚呼、いいえ。何でも御座いませんよ」
「本当に?」
じっと此方を見つめる黒い瞳は自分と同じ色であるはずなのに、何故か全く異なった色合いの様に見える。
彼女の瞳は深い闇に包まれた、漆黒だ。対する自分はどの様な色だったか。
ともかく、深い闇の様な瞳に見つめられて、彼は首を絞められたかの様に苦しくなり、息が詰まった。
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