2.星の記憶

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 呟きを漏らした。 「そうだ。私は、十年ほど前、二度事故に遭い、目をその都度、失った。初めは妻子を・・・。その次は、私を救ってくれた名前も知らない少女を・・・。これだけの代償を払っても救えなかった。両方とも・・・。同情はいらない。どんなに、光りを失おうとも私は立ち止まらない。私が光りになればいい。誰かを導ける光りであればいい。私は、私の『正義』を貫くまでだ!」  天川の脳裏に、昔の記憶が過ぎる。  それは、他愛のない昔話だ。同じ雨の日に、起きた惨事。どこにでもある話だ。それでも、天川にとっては忘れられない無念の記憶。  天川はサングラスの予備を掛けると、地面を蹴り駆け出す。トコリコに迫り彼の鳩尾(みぞおち)に正拳を突き入れた。トコリコは、それを交わそうともせずに、受け入れた。 「・・・何故、交わさなかった。今なら避けることもできたはずなのに・・・」 「回避したところで、お前は次の一手をオレ様に与えるつもりだろう。だったら、避ける必要はない」  トコリコは強がっていたが、鳩尾に正拳を受けた無事なはずがない。 「前言撤回だ。前の言葉を取り消す。オレ様は、お前のような奴は嫌いではない。しっかりとした道を歩む奴の拳を交わすことは失礼だ。それに・・・」  トコリコは天川の身体に触れた。天川は警戒し後退しようとしたが、肩を掴まれたで身動きがとれない。 「オレ様とお前が戦っている場合ではないようだしな」  トコリコの目は天川に向いていなかった。光りで満たされた空洞の奥に不穏な影がみた。  それは、文字通り、影のように真っ黒であった。彼らが知らない、パレスから生まれたと思われる欲望の塊、〈憤怒(ラース)〉であるが、その様子はおかしかった。動物をモチーフにしたような他の欲望とは違い、人の形を成していた。姿は真っ黒でどんな人なのか察することはできないが、構えと動きで、そのような攻撃を仕掛けてくるつもりか予想することはできた。両手を握りしめ、足を動かしフットワークを続ける、その姿は、 「ボクサーか?」  その気配を察した天川は振り返り、ラースを見た。目が見えていないので見たという表現はおかしいが、目が見えていた頃の名残だから仕方ない。ラースは無言のまま、地面を蹴った。その勢いに任せて、トコリコと天川を叩きのめそうとしてきた。
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