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《 序章 》
薄雲の腕(カイナ)に抱かれた丸い月が暗闇の中に輝く。
月光の元。
劫火が戦場を飲み込んだ。
荒れた土地に広がる混沌。
赤い水に咲き乱れる白い花。
鼻を突く鉄の臭い。
呻き声に嘆く声。
恨み辛みと憎しみが混沌の中に渦巻き、その中に佇む男を責めたてる。
鴉の羽根よりも、暗闇よりも、深い漆黒に染まったローブに身を包んだ男。烏羽玉(ヌバタマ)の髪を砂塵を巻き上げる風に靡かせる。自らの喉を、まるで締め上げるかのように強く抑えた。その手の甲には呪(シュ)の詞(コトバ)――ルーンを印し術式を組み込んだ陣の刺青が、白い肌に赤く刻み込まれていた。
血溜まりに膝を突く。
最後に殺めた青年の虚ろな眼、そこからこぼれた涙の滴が男をさらに責め立てる。物言わぬ骸は生ける者以上にモノを言う。その声が重なり合い、音の群、細波、ノイズと成って男を襲った。
聞きたくない。
そう、
耳を覆っても意味はなく。
音は止むどころか次第に大きく膨れ上がり、男を狂わせる。数多の声が苦しめる。
男はその場にしゃがみ込み、両目を覆った。もう、こんな惨状は見たくはない。作りたくなんかない。
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