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澱んだ空気に、かかる霧に混じる腐臭と屍臭。嘆き悲しむ弔いの歌。死の渦巻くそんな世界しか、自分は見たことがない。
普通の、
何の変哲もない町を見てみたい。
白い石畳や煉瓦の敷き詰められた道。その上を歩いてみたい。
そして、自分にはいなかった家族が欲しい。
そんな当たり前の幸せを望むのは罪なのか?
「貴方は普通にはなれない」
そんなアグニの言葉は胸に突き刺さった。
解っている。
どうしようもない事くらい、物心ついたときから知っている。この魔力を自分の為に使ってはいけない。自分の魔力はいわば世界の魔力なのだから、人のために戦場でのみ揮え。そうすれば、魔王ではなく英雄となれる。幼い頃より、そう言われ続けてきている。
でも、
一度くらい、
自分の為に生きてもいいじゃないか。
「そんな事をすれば、今よりもっと風あたりは悪くなりますよ」
「いい……なんと言われようが構いやしない。だから、私のことは放っておいてくれ」
そう言って、レオンは傍の男の開いていた目を閉じてやった。
「何処へ行くおつもりで?」
立ち上がった彼にアグニが問う。レオンはそれには答えずにフードを目深に被った。
そのまま、彼は何も言わずに黄昏の果てに姿をくらました。
世界を憂いた英雄が消えた日。
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