其ノ一 偖の噺

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 朝一番で趨勢新聞(すうせいしんぶん)の朝刊に目を通すのが日輪の国に暮らす民として当然の義務だ。これを読まなければ無明罪として罰金を課せられてしまう。  内容はと言えば趨勢企業(すうせいきぎょう)が指し示す民の在り方を説いたり、帝(みかど)の有り難き御言葉が延々と書き綴られているだけの非常につまらない読み物だ。  ――往来にて、石を投じる等の人死にに及ぶ恐れのある一切の行為を固く禁ずる。これを投石罪とする。尚、この投石罪を犯した者には十日間の禁固刑と相応の罰金を課す。  また新たな法規制か――などと遺憾の溜め息を漏らしながらおれは茶の湯をすすった。  米と漬け物だけの軽い食事を済ませてから仕度をして長屋の鎧戸を開けると、往来を行く人々はみな静かで、まるで何かに急かされるようにして足早に歩いてゆく。  そう言えば外で遊ぶ子供の姿を見なくなったな――と、ふと思ったが、それもそのはずだ。無作為に法規制に法規制を重ねるこの国では、一体どのような行為が御法度となるのか分かったものではないので親が外で遊ばせたがらないのだ。  それどころか、ここ数年の趨勢企業はやれ勉学に励めだの智慧を付けろだのと説いているため、最近の子供達と言えばみな頭でっかちのひょろひょろではないか。
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