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―――…
彼の家を飛び出して、その外壁を瞼の奥へ刻み込むように眺める。
……目の前の家。
もう2度と来ることはないだろう。
何度、この家を訪れたか分からない。
何度、この場所が私の死んだ心を救ってくれたか分からない。
“「理香、幸せにしてあげられなくてごめんね? オレ、今度生まれ変わったら、性別間違えないから」”
彼の最後の言葉が、……胸にツンと針を刺す。
いっそのこと、何もかも忘れてしまいたい。
記憶なんて、失くなってしまえばいい……。
「っ……刹那っ……」
そのまま崩れるように、自分の身体からどっと力が抜け落ちた。
張り詰めていた糸が、彼と繋がっていたとそう思っていた赤い糸が、誰かの手によって故意に遮断されたのだ。
わたし、こんなにも……彼のことを愛してたんだ。
愛してるからこそ、受け入れられない現実がある。
「……理香」
彼の家の門の前で、しゃがみ込んでいる私の耳に届いた1つの声。
“愛しい” なんて感情があるはずのないその声は、機械のように鼓膜の中に入り込んできた。
ゆっくり首だけ振り返ると、デニムのズボンの裾がぼんやりと視界に入る。
そのまま顔を上げたら、同情みたいな2つの目がこんな私の目と絡んだ。
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