序章

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吉川卓国会議員。 政治家や警官が多いエリート一家に生まれ、二十年近く裁判官を勤めた後、政治家に転身。 古い考えで縛られた国会で、彼は異質だった。 誰も思いつかないような案を次々打ち出し、国民の興味や支持を不動のものにしていった。 先の復讐屋案も原案は彼が立ち上げたと聞く。 もう七十近い歳のはずだが、ピンと伸びた背筋や、背広を着こなす姿は全く老いを感じさせない。 自分の親なんか父親は数年前に亡くなり、母親は物忘れがひどいってのに。 やっぱり生まれが違うからなのか。 自虐したところで吉川が再び口を開いた。 「こうして会うのは教育が終わってからだから、もう一年ぶりかね?元気そうで何よりだ」 「吉川さんこそ相変わらずですね」 実を言うと、慶雄は吉川が苦手だ。 性格が悪い訳でも、頑固な訳でもないのだが、なんとなく苦手なのだ。 無難に返すと、吉川は皺の刻まれた顔に少し笑みを浮かべた。 「今日が始めての担当かい?鏑木黎、君だったかな」 「いや、二人目っすね。最初の候補者は二ヶ月で音を上げたんで」 おかしな話だ。 ちょっと叱ったくらいで泣きそうな顔をし、銃を見ただけで失神しそうに顔面が蒼白になっていた。 まあ、二十歳そこらの女で、捕まった理由が母親に強制された万引きだったのだから当然か。 今度は骨のある奴だといいが。 慶雄の考えを読んだように、吉川は更に笑みを深くした。 「今度はきっと大丈夫だ。鏑木君は必ず復讐屋になる。どんなに大変でも、どれだけ時間がかかってもね」 「はあ・・・」 曖昧な返事しか出来なかった。 いくら最初に決意を語ったところで、挫折しないとは限らない。 吉川は何を根拠に言っているのだろう。 「ずっと聞きたかったんですけど、吉川さんはなんで復讐屋案を思い付いたんですか?」 実は案が決まってから気になっていた事が、ぽろっと出てしまった。 吉川は立ち止まり、慶雄に向き合う。 笑みが消えたその瞳には強い意志が見て取れた。 「私は現場を見てきた。裁判官も陪審員も長い裁判期間中、強いストレスを受ける事になる。少しでも負担を減らしたかったんだよ」 慶雄にもなんとなく分かった。 ストレスには鈍い方だが、裁判期間中は確かに疲れを感じた。 だが・・・。 「君の言いたい事は分かる。私もめちゃくちゃな案だと思うよ。しかし長い目で見れば、必ず日本は良くなる。 必ず、ね」
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