序章

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それは経済的、若しくは治安面の事なのか、別の意味を含んでいるのか。 追及する前に、吉川は慶雄の背後の上方を見上げた。 「おや、いつの間にか目的地に着いていたようだ」 言うが早いか、吉川は踵を返した。 「今度も女の子だといいね、骨のある。お互いに忙しいが、近々呑みにでも行こう」 明らかに弾んだ口調。 吉川はひらひらと手を振りながら去って行った。 『くっ、まただ。また見透かされた!』 吉川を苦手な理由がこれだ。 どうせ教えるなら女がいいって事も、わざわざエレベーターの前にいたのも俺を待ち伏せてたに違いない。 何もかも見透かされそうで萎縮してしまうのだ。 『とにかく、気持ちを切り替えろ。今は仕事に集中だ』 上方には指定された部屋番号プレート、室内は電気がついている。 半ば強く扉を開けた。 ホワイトボードに教壇、机と椅子だけしかない、小さい部屋。 残念ながら待っていたのは男だった。 既に机にはノートが広げられ、姿勢正しく授業を待っている。 慶雄は教壇に向かい、鞄から教材を出して鏑木黎と向き合った。 中性的な顔立ちで女装が似合いそうな、いわゆるイケメンの部類に入るだろう容貌。 緊張しているのか二重の瞳にも、口元にも感情が無い。 『軽く自己紹介でもするか』 が、慶雄が何か言うより先に静かな声が沈黙を破った。 「早く始めて下さい。もう二十分も待ったんです。俺、早く復讐屋になりたいんです」 抑揚のない、一切の感情が籠らない口調。 だが、固い決意だけは伝わってくる。 『吉川の狸じじぃめ、知ってたな』 確かに万引き女より骨はありそうだが。 「待たせたのは悪かったが、復讐屋になるのは簡単じゃない。ここは軽い気持ちじゃ突破出来ない。普通の学校じゃないんだ、復讐屋になりたいなら俺に従え。まずは自己紹介だ。俺は大河原慶雄。お前は?なんで捕まった?」 なりたい、はい分かりましたなんて甘い仕事じゃない。 決意だけじゃ復讐屋にはなれない。 暫く無言で睨み合う。 「鏑木黎です。俺が捕まったのは三年前・・・」 数分後、漸く鏑木はぽつりぽつりと語りだした。 やはり淡々とした喋り方だったが、話を聞き終えた慶雄は、妙な昂揚感と使命感を強く覚えていた。 『こいつは復讐屋に向いてる、いや、しなくてはいけない』
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