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「そんな!」
おじいさんの叫びにも似た声が聞こえたと思ったら、ふわっと温かいものに包まれた。
かすかに、竹のような青々しい香りがする。
「そんなことを言うものじゃない。官位があっても、お前が死んでしまってはなんになる。どうしてそんなに嫌がるのだ」
温かさに、また泣きそうになってしまう。
懐かしいお母さんの顔が浮かんで、美央の顔が浮かんで。
その次に、この時代に来てから会った人の顔が浮かんできた。
八重さん、おじいさん、おばあさん。
そして顔は知らないけれど、私に求婚してくれた公逹たち……。
「私は多くの男性の熱心な求婚をことごとく断ってきたのです。それなのに、昨日今日で、帝がおっしゃっている事に従ってしまったら……世間からなんと思われるでしょう」
そうだ。
私は、人殺しをしてまで求婚を拒んだのだ。
いまさら帝だからと言って嫁ぐなんてできない。
「わかったわかった。世間の反応はどんなものであろうと構わないが、お前が死んでしまうかもしれないということだけが、わしにとっての大きな気がかりだ。やはり宮仕えはできないと帝に申しあげよう」
もう一度ぎゅっと強く私を抱きしめてから、おじいさんは部屋を出て行った。
八重さんはずっと後ろで控えていたらしく、おじいさんが出て行ってから静かに髪を梳く作業を再開した。
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