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「昨日の失礼をお詫びに参りました」
ここは高級クラブでもラウンジでもない、ただの小さなレベルの低いガールズバー。そんな程度の店にこんな礼儀正しい男が誤りにくる目の前の光景がおもしろくて私は少し吹き出した。
スーツの男は顔をあげて「何か」という表情でこちらを見ていた。
「あ、いや。普通はこんな程度の店にあれくらいのことで謝りにくる客なんていないから少しおもしろかっただけです。秘書さんも大変ですね」
「いえ、明らかに不愉快な思いをさせてしまったのは理解していますので。それにただの秘書じゃきっとこんな事は致しません。息子として恥知らずの父親の愚行を謝罪に参っただけです」
「…へぇ、息子」
潰されたカエルみたいな汚い親父から、こんなに綺麗な男が生まれるだなんて、遺伝子のいたずらか。もはや天変地異じゃないのか。
真っ黒のなんらまがりのないまっすぐな髪の毛、色白のきめ細かい肌、眼鏡の奥では切れ長の目、まばたきをするたびに揺れる長いまつげ。
あぁ、あたしの憧れる日本人だ。
「それで、息子さんはただ謝りにきただけなの?お金で解決しようってわけでしょ?」
「お恥ずかしながらも、その通りです。もし足りないというのであれば、」
「お金いらないっていったらどうするの。何か別のことしてくれるの」
「できる範囲の事であれば、なんなりと。それがあの父親からの命令ですから」
私は今まで、容姿を利用して我侭に自由奔放に生きてきた。
この男もそれを理由に楽して生きてこれたはずなのに、どうしてこんなに窮屈そうな顔で物事を進めようとするのだろう。もったいない。それに、命令、とは。父親なのにそんな従順そうな態度とは。くしゃみが出そうで出ない、あのむずむずした感じがずっとする。あぁ、とても、とても、興味がある。私はどうしてもこの男の、
「じゃあ、今日から私の家に住んで」
隣で眠ってみたい。
*
「あの」
「あ、その左手がボックスシューズね。靴はそこにいれて。散らかってるの嫌いなの。で、廊下の右手側にトイレとお風呂。反対側は見てのとおりキッチン。で、部屋。おっけー?」
「あ、はい」
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