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重い身体を持ち上げて、玄関に向かう。
「荷物は……捨てて」
背中越しにそう頼んだ。
ここにある物は、思い出があり過ぎて持ち帰れない。
靴を履いて、ドアノブに手をかけた。
……もう、この部屋に来る事もないんだな。
そう思ったら、涙が込み上げてくる。
慌てて鼻をすすって上を向いた。 ……男だろ! 泣くな!
自分の情けなさにうろたえていると、なぜか上から声が降ってきた。
『……男なら、初志貫徹よ』
弁天様の声だった。
……そうだ。 オレはまだ、彼女に何も伝えてないじゃないか。
こんな中途ハンパでいいわけがない。どうせなら、トコトン振られてやる!
踵を返して、部屋に戻る。
「奈央!」
膝を抱えてうずくまる彼女に声を掛けた。
びっくりした彼女が顔をあげる。
……え、どうして?
彼女の顔が、涙でひどい事になっていた。
「な、何やのよ! 早く出てってや!!」
そう怒鳴ってすぐ、膝の間に再び顔を埋める。
……泣いてるの? 泣きたいのはこっちなのに。
よくわからない状況だけど、とにかく初志貫徹だ。
「……奈央、春になったら、オレと東京に来てくれないか?」
傍らに跪き、オレの気持ちを伝えた。
彼女が驚愕の顔でこちらを見つめてくる。
「なんで……」
……な、なんでって、決まってるじゃないか!
「奈央と、ずっと一緒に……居たいからだろ」
あふれる涙が、次から次へと彼女の頬を濡らして行く。
親指でそっと拭ってやった。
このまま抱きしめようとした刹那、腕で押し返される。
え、やっぱり……ダメ……なの?
「……東京の彼女は、どうすんの?」
「……東京の彼女?」 ……って何だ?
見覚えの無い指摘に、なぜかこちらが取り乱す。
「お正月、会って来たんやろ? ……彼女に」
「ええ? な、何の話だよ?! 家族と会ったって言ったじゃないか!」
「そんな嘘、もうええよ。 ウチ、全部知ってるんやから」
……な、何を?! オレは全然知らないぞ。
「見てしもたんやもん。 彼女と……梅田で仲良く、腕組んでたやん」
……梅田? ウデ?
「阪急で、プレゼント買ってあげてたやんか!」
……で、デパートだな、それ。
「しかも、新幹線まで見送るって……ものすごい、ラブラブやんか!!!」
……え、梅田から新大阪まで尾行して来たの?!
しかも、ラブラブって……どう見たら、アイツとそう見えるんだ?
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