涙に濡れる日々

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たしかあれは…… 温めすぎない、 人肌の……温度。 レンジがあたためを完了する前に、 取り消しボタンを押して扉を開けた。 取り出したカップから(やわ)い湯気が立ち上り、 カップを覗き込んだ私の鼻を撫でた。 私はゆっくりと香りを吸い込むと、 その場で目を閉じたまま立ち尽くしていた。 思い出すペンダントライトの下の二人……。 あの時のようなアルコールの香りはしない。 私はゆっくりとカップに口をつけた。 バーテンダーが向ける遠慮がちな微笑み。 パン屋のおじさんの愉快そうな笑い声。 私の隣の…… 色の付いた健吾くんの笑顔。 涙が溢れた。 私の中では 現実と過去と未来が行ったり来たり滅茶苦茶だ。 握りしめたマグカップからは 温もりだけが伝わってきた。
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