8人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
「……恋人なんて綺麗な関係じゃない。君とは、もっと根深い繋がりだ。」
そっと次の作品の前へとエスコートされて、エシャーの不思議な世界へと引き込まれていく。
「――朝も晩も一緒だった。」
「そんなに?」
「……ああ。」
そして、そのまま、いくつかの小作品を無言のまま鑑賞する。
――鳥が騎士に。
――柱が空間に。
現実にはあり得ない世界が、あたかも現存するかのように描かれている。
――不思議の国に迷い込んだよう。
やがて背丈ほどもある大判の作品の前までくると、高津はじっと立ち止まる。
亜希もその隣に立って、高津の視線の先を眺めた。
――階段の表を歩く世界と、裏を歩く世界が同居する世界。
二つの世界が一つの絵の中で融合している。
――上が下で。
――下が上。
虚実がない交ぜになって、縒り合わさっている。
二つの相容れない世界は、そうとは知らずに交じり合っていて、どちらかが壊れたなら、もう片方も存在出来ない。
――引き込まれる。
「君とはね、丁度、この絵みたいな関係だよ。」
「この絵?」
「ああ、この絵には裏表の境界も無ければ、天地を隔てる境界も無い。」
あるのは、歪みと捻れ。
「……君の中に俺がいるみたいに、俺の中にも君がいるんだ。」
「愛されたい」と願ってしまった日に、気付いてしまった。
彼女が涙する度に、遠い過去に打ち棄てて、心の奥底に眠っていた感情。
――助けて。
膝を抱えて、ずっと待っていた。
誰かが悲鳴を上げ続けている自分を見つけてくれる日を。
『……高津さんが救けたいのは、自分自身?』
以前、亜希に言われた言葉が脳裏を掠める。
――答えはイエスだ。
傷付いて苦しむ亜希を助ける振りをして、その実、幼い頃の自分を重ねていた。
そして、睨み付けるみたいにエシャーの絵に向かって目を細めた。
――胸が騒つく。
高津はすぐ隣に立つ亜希の背中に手をあてがうと、険しい表情のままで、心の乱れを押さえ込んだ。
「――先へ進もう。」
「うん……。」
順路に従って先へと進み、壁伝いに進んで角を曲がる。
そこには、横に立つ高津のように真っ黒な瞳が亜希を見据えていた。
最初のコメントを投稿しよう!