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「……恋人なんて綺麗な関係じゃない。君とは、もっと根深い繋がりだ。」  そっと次の作品の前へとエスコートされて、エシャーの不思議な世界へと引き込まれていく。 「――朝も晩も一緒だった。」 「そんなに?」 「……ああ。」  そして、そのまま、いくつかの小作品を無言のまま鑑賞する。  ――鳥が騎士に。  ――柱が空間に。  現実にはあり得ない世界が、あたかも現存するかのように描かれている。  ――不思議の国に迷い込んだよう。  やがて背丈ほどもある大判の作品の前までくると、高津はじっと立ち止まる。  亜希もその隣に立って、高津の視線の先を眺めた。  ――階段の表を歩く世界と、裏を歩く世界が同居する世界。  二つの世界が一つの絵の中で融合している。  ――上が下で。  ――下が上。  虚実がない交ぜになって、縒り合わさっている。  二つの相容れない世界は、そうとは知らずに交じり合っていて、どちらかが壊れたなら、もう片方も存在出来ない。  ――引き込まれる。 「君とはね、丁度、この絵みたいな関係だよ。」 「この絵?」 「ああ、この絵には裏表の境界も無ければ、天地を隔てる境界も無い。」  あるのは、歪みと捻れ。 「……君の中に俺がいるみたいに、俺の中にも君がいるんだ。」  「愛されたい」と願ってしまった日に、気付いてしまった。  彼女が涙する度に、遠い過去に打ち棄てて、心の奥底に眠っていた感情。  ――助けて。  膝を抱えて、ずっと待っていた。  誰かが悲鳴を上げ続けている自分を見つけてくれる日を。 『……高津さんが救けたいのは、自分自身?』  以前、亜希に言われた言葉が脳裏を掠める。  ――答えはイエスだ。  傷付いて苦しむ亜希を助ける振りをして、その実、幼い頃の自分を重ねていた。  そして、睨み付けるみたいにエシャーの絵に向かって目を細めた。  ――胸が騒つく。  高津はすぐ隣に立つ亜希の背中に手をあてがうと、険しい表情のままで、心の乱れを押さえ込んだ。 「――先へ進もう。」 「うん……。」  順路に従って先へと進み、壁伝いに進んで角を曲がる。  そこには、横に立つ高津のように真っ黒な瞳が亜希を見据えていた。image=481684443.jpg
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