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 美術の教科書でも見たことのあるエッチング。  近くのガラスケースには、原板が複製出来ないように赤く傷の入れられた状態で横たわっている。 「――これ、見たことがある。随分、細かく彫られてるんだね……。」 「……そうだな。」  瞳の中には髑髏が描かれていて、それをじっと見つめるような構図。  亜希はそれの前に立つと、魂が吸い込まれたかのように見入った。  ――全てを見透かす漆黒の瞳。  まるで高津の瞳のようだ。  そして、この瞳が高津のそれだとしたら、この版画に映り込んでいる髑髏は自分自身の姿に思えた。 『――可哀想な亜希。』  ――憐憫に満ちた声。  不意に思い出したその声に、亜希は引き付けを起こしたようにびくりと震えた。 『――君はキタナイ。』  今度は冷たく嘲るような声が思い起こされる。  ――ズキン。  急に頭が痛み出して、亜希は片手で頭を押さえると、もう一方の手で高津の上着の裾に手を伸ばした。 「……亜希?」  血の気が引き、顔色はどんどん悪くなる。  ――怖い。  少しでも気を抜けば、過去の記憶に引き摺られて、「今」を見失いそうになる。  ――胸が騒つく。  亜希はうまく呼吸が出来なくなっていき、端目にも様子がおかしい。 「――どうした?」  ふらふらとよろめく亜希を支えながら、高津はショーケースから彼女を引き離すと人気の少ない辺りまで離れた。  そして、その顔色を見ると、眉間に皺を寄せた。  ――真っ青、だ。  亜希からは血の気が引き、今にも倒れてしまいそうに見える。  それでも、何とか正気を保とうと踏張っているのか、唇を噛み締め、縋るような眼差しで見つめてくる。 「――具合が悪いのか?」  高津の問いにこくりと頷く。  呼吸も乱れて、焦点が合わずにゆらゆらと目を泳がせる。  ――虚ろな表情。 「……高津、さん。どこ?」  息も絶え絶えに訊ねてくる亜希に、高津はそっと耳打ちをした。 「……ここにいるよ。」  そう言うと、冷えきっている亜希の手を取り、温めるみたいに包み込む。 「少し休もう……。近くに休憩室があるんだ。歩けるか?」  亜希は焦点の合わないままに頷く。 「こっちだ……。」  その声に導かれながら、一、二歩歩み、すぐに限界が来てバランスを崩す。image=481684508.jpg
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