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(……あの時、君を信じていれば。)
しかし、いくら後悔しても覆水は盆には返らない。
今の高津に出来る事と言えば、こうしてふらつく身体を支えてやる事くらいだ。
――歯痒い。
高津は口を真一文字に引き結んだまま、ペットボトルの蓋をきつく締めると、両腕を広げて包みこむように亜希を抱き締める。
――華奢な肩。
その身体は、小鳥を捕えた時のように、手の中で小刻みに震えている。
――救けてやりたい。
――だけど。
マンションに彼女を匿った時とは違って、今の彼女を救う手立てが思い付かない。
「すまない……。」
どうしたら、彼女に報いる事が出来るのだろう。
高津は亜希を抱き締めながら、眉間に皺を寄せた。
胸が痛くて堪らない。
力を入れ過ぎたら、このまま抱き潰してしまいそうだ。
サイドの髪を一房手に取って後ろに流すと、そっと彼女の耳元に囁く。
「――帰っておいで。」
その頃、亜希は水面張る空間に一人佇んでいた。
――いつもの夢。
鏡がいくつか乱立している空間。
一歩ずつ、歩む度に足元に小さな波紋が広がる。
しかし、いつもと違っていたのは、黒い手が巻き付いてくる事も、久保の声もしない事。
――誰もいない。
それが余計に不安を煽る。
亜希は恐る恐る大鏡の前へと進んだ。
前に立つと、鏡のはずなのに自分の姿は映らず、深い暗闇が広がっている。
――呑み込まれそう。
〈――君は真っ黒なんだよ?〉
その声にはっと横を見ると、別の鏡に冷たい眼差しの高津が立っていた。
「真っ黒……?」
だから鏡に映らないのだろうか。
そう思って、両手を見ると、指先から黒く闇色に染まっていく。
――怖い。
〈……なあ、認めろよ?〉
鏡の中の高津に手を伸ばすものの、指先は闇に溶けて、もはや見えない。
「嫌……ッ!」
しかし、高津は冷たく自分を見つめているだけだ。
――漆黒の瞳。
「……高津……さんッ!」
手を伸ばしても、届かない。
――助けて。
しかし、高津の態度は変わらず、代わりにさっきまでの大鏡に、傷だらけの姿で沈痛な面持ちをした自分が映っていた。
〈……お願い……要らない……なら、殺して……。〉
辺りに一陣の風が吹き抜ける。
足元はさざ波で波紋が広がっていく。
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