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 ――殺して。  そう言って涙を流す自分の姿に、藻掻いていた体から力が抜ける。  やがて完全に呑み込まれ、底知れぬ闇へと堕ちていく。  ――深く、深く。  ――どこまでも。  いつしか諦めの感情が生まれる。  一度、染まったら、二度と戻る事は出来ない。 〈……でも、それは悪い事じゃない。〉  下で待っていたかのように、暗闇の中で佇む高津にふわりと受け止められる。 〈……俺も汚いから、君の痛みは分かる。〉  真っ暗なのに、不思議と高津の姿だけくっきりと見える。  さっきまでとは違って、包み込まれるような優しく淋しげな声。 〈君は汚いけどね、亜希。……俺はそんな君が欲しい。〉  高津の腕に捕らえられ、優しく抱き締められる。 〈……君を迎えに来た。〉  ――甘く響く声。  彼から逃れる事など出来ない。  視線を高津から外すと、再び、鏡が一つ置かれていて、久保が哀しげな顔をしているのが見える。  そして、彼が見知らぬ女性と立ち去っていく。  ――行かないで。  そう思って伸ばした手は真っ黒で、周りの景色に同化してしまう。 〈住む世界が違っちゃったんだよ……。〉  ――辺りに響く自分の声。  力なく腕を下ろすと、高津は優しく微笑んでくれる。  ――味方は彼だけ。  高津の腕の中に抱かれて、一体、どれくらい経ったのだろう。  はじめに高津の鼓動が、そして、徐々に周囲の音が戻ってくる。  周りの風景も真っ暗な世界から、美術館の休憩室に変わっていく。  目の前には心配そうに自分を見つめてくる高津の姿があった。  朧気な表情の自分が、高津の瞳に映り込んでいる。 「……気が付いたか?」 「高津……さん……?」  困惑した表情で反応すると、高津は夢と同じように優しい笑みを零した。 「大丈夫か?」  辺りを見回して、これが夢なのではなく、現実なのだと確認する。 「また、迷惑をかけたみたい……。ごめんなさい。」 「――別にどうってことない。」  それでも浮かない表情に、高津は抱き締めている左腕はそのままに、右手で柔らかな亜希の頬に触れた。  親指で涙の跡を拭う。 「――顔色もさっきよりは良さそうだな。」  そのまま頬骨にそって、手を滑らせると、少しくすぐったそうに亜希が身動ぎする。
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