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 ――可愛い。  17歳までの記憶しかない亜希は、どことなく頼りなくて、あどけない。 「……心配掛けて、ごめんなさい。」  そう恐縮しきって言う姿は、出会った頃の彼女とも、一緒にいた頃の彼女とも違う。 「……君は俺に謝ってばかりだな。」 「……え、あの、ごめん……。」  そう口にして、亜希は慌てて口元を手で覆う。  その仕草に高津はくすくすと笑った。 (これが本来の亜希の姿って事か……。)  見ているだけで、心が和む。  そして、同時に哀しくもある。 (俺が、壊した「亜希」……。)  高津は不意に表情を強張らせると、酷く哀しげな表情へと変わる。  亜希は咄嗟に高津の上着の前身頃に手を伸ばした。  驚いた高津が目を丸くする。 「――消えちゃうかと思った。」 「……消える?」  亜希がこくりと頷く。  ――するする、と。  高津はチェシャ猫みたいに、目の前で解けて消えそうに見える。 「何か哀しい事があったの……?」  その言葉に高津はそっと亜希を抱き起こすと、きつく抱き締めた。  熱い吐息を首筋に感じる。 「高津……さん……?」  身動きが取れない。 「――もう二度と、君には会えないと思っていた。」  間近に聞こえる高津の声は苦しそうで、いつものビロードのような声とはかなり違っている。 「そう思ったら、怖かった……。」  ――縮緬の布地みたいに細かく震えた声。  ICUに横たわる亜希を見つめながら、「亜希は幸せだ」とか、「これが彼女の愛し方なんだ」とか、何度自分を言い聞かせただろう。  しかし、その度に「殺して」と泣き叫ぶ彼女が頭を擡げてくる。  ――真っ白で血の気の失せた姿。  思い出すだに、鳥肌が立つ。  だから、内田から亜希が無事だと聞いた時、高津は心底ホッとした。  ――傷付けて。  ――苦しめて。  幾度となく、自分は亜希を苛んできた。  ――それでも。 「……君は俺を選んでくれていた。」  ――なのに。  自分は亜希を信じてやれなかった。 「――あの時、君の話をちゃんと聞いていれば……。そしたら、こんな風に君を傷付けずに済んだのにな。」  ――後悔しても遅い。  謝って済む話でない事も分かっている。  ――それでも。  高津の抱き締める力が、僅かに強くなる。
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