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 高津の腕の中で、亜希が囁く。 「――高津さんは、私が手首を切った理由を知ってるの?」  誰に聞いても教えてくれない問い。  その問いをされると、高津は亜希を抱き締めたまま、きつく唇を噛み締めた。  時計のカチコチという音だけが、やけに煩く感じる。 「ああ。知っているよ。」  沈痛な声色で答える。 「――お願い、教えて。」  亜希の懇願に高津は苦しそうに身を固くした。 『――お願い、教えて。』  いつかの亜希が重なる。 『――私にはあなた以外、何も無いの。元の生活には戻れない。』  ――悲痛な叫び。 『……どうやったら、生きていける?』  あの夜と同じように眉を寄せて、辛そうにする表情さえ愛おしさが募る。 「俺のせいだ……。」  亜希を信じきれなかった自分のせい。 「――高津さんのせい?」 「ああ、俺が君を傷つけた。……君が裏切ったと思ったから。」  大鏡に映し出された高津の姿を、ふっと思い出す。  ――凍てつくような眼差し。  今日の高津からは想像出来ないような冷たさ。  あれは過去の出来事なのだろうか。 「――裏切りって?」  口を閉ざしたまま、首を横に振る。  ――言いたくない。  自分のした事を思い出して、胸が痛む。  それに記憶を無くしている彼女に聞かせる話でもない。 「誤解だったんだ……。」 「――誤解?」 「ああ。」  その過ちに気が付いた時には、時すでに遅く、亜希は手首を切ってしまっていた。  ――あの日。  亜希が生死を彷徨う姿を前に、久保に殴られた。  これ以上、亜希の事で辛くなる事は無いと思っていたのに。  しかし、こうして記憶を無くして苦しんでいる亜希を目の前にすると、胸が引き裂かれてしまいそうになる。  ――愛する者を傷付けた罪はどれほどだろう。 「……君は俺を選んでくれてたのに、俺は君を信じきれなかった。」  そっと腕を解くと、亜希の頬に触れる。  ――柔らかな頬。 「君に会ったら、それを謝りたかったんだ……。」  しかし、亜希はそれを聞くと、少し困惑した表情を浮かべた。  真っ暗闇に飲み込まれ、高津に受けとめられた夢を思い起こす。  高津の瞳に見つめられて、夢と現実が入り交じる。 「――君を迎えに来た。」  かぐや姫に出て来る「月からの使者」みたいに高津が耳元で囁く。
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