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「迎え……?」 「――ああ、一人じゃ部屋が広すぎるからな。」  高津の吐息をすぐ傍に感じる。 「――帰っておいで、亜希。」 「帰る……?」  高津からする甘いムスクの香りに酩酊するみたいに、周りの景色がぼんやりとしてくる。 「ああ、そうだよ……。」  ――広いベッド。  ――同じ甘い匂いのするワイシャツ。 「一緒に帰ろう……?」  ――温かな体温。  ――甘い声色。 『帰っておいで、亜希……。』  不意に久保の声が頭の中に響く。  亜希はハッと我に返ると、慌てて首を横に振った。  そして、申し訳なさそうな表情になると、高津から少し距離を置くように身動ぐ。 「ごめんなさい……。」 「亜希……?」 「――私、あなたの元には戻れない。」  その言葉に高津が身を固くする。  ――嫌な予感がする。  高津はすっと目を細めた。 「……なぜ?」  思わず声が低くなる。 「高津……さん……?」  目を泳がせている亜希に詰め寄る。  たとえ自分の元に戻らないとしても。  ――それだけは許せない。 「……久保のところに帰るのか?」  射るような眼差しに居すくめられる。  ――凍るような眼差し。  亜希が言葉を飲み込むと、高津は苦々しげな顔になった。 「……否定しないのか。」  亜希の目は泳ぎ、怯えているのが分かる。  ――まっすぐに愛せば、亜希は自分を選んでくれると思ったのに。 (……また、アイツか。)  ゆらりと高津の影が揺らぐ。  ――次の瞬間。  ふわりと視界が揺らぐと、亜希は高津に押し倒され、小さなベンチに押さえ込まれていた。  ――あまりの事に声が出ない。  亜希の瞳は恐怖に揺れる。  怯えた表情の亜希の様子に、思わず苦笑した。  彼女はいつだって久保のものだ。  高津は顔を背ける亜希の耳元に唇を寄せる。 「やめ……て……。」  物陰にある休憩室とはいえ、誰かが来ないともしれない。  しかし、この時の高津は、そんな事どうだって良かった。
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