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「高津さん、何だって?」 「12時半に事務所に来い、だってさ。」 「場所は知ってるの?」 「……いや、行き方までは。」 「じゃあ、地図書いてあげるよ。」  そう言って微笑むあさ美の横顔に、靄の掛かったような複雑な心地になる。  地図を覗き見ると、赤坂見附駅を出て少し歩いたところのようだった。 「……なんかさ、真奈美さんって、高津さんには、特別優しくない?」 「なあに? 嫉妬?」 「いや、そういうんじゃないけど……。」  口籠もる内田にくすくすと笑う。 「――約束だから、ね。」 「約束?」 「……そう、約束。」  カチャカチャと机の上を片付ける。 「どんな……?」  捨てられた小犬みたいな内田の様子に手を止めて、そっと抱き締める。 「智和が心配するような関係じゃないのよ? ……高津さんはね、『同類』なだけ。」  高津に初めて出会った際、あさ美はそれを感じ取った。  ――他の客とは、どこか違う。  高津からは自分と同じような「匂い」がする。  ――夜の闇の匂い。  水割りの講師として通ってきてくれる高津と、二人で色んな話をした。  その日の天気の話や、時事問題の話。  休みの日の過ごし方に、趣味の話。  けれど、互いに「家族」の話だけはしなかった。  それは高津の家族の事を知った後も同じで。 『君が淋しがるなら、独り歩き出来るまでは、水割りが美味しくなっても、あの店に通うよ。』  彼はそう言った通りに、退院した翌週には「はなの」に通ってきた。  そして、数日と空けずに店に来てくれる。 『君が自分の為に生きられるようになるまで。』  その約束は今でも守られている。 「――高津さんは唯一のヒトなの。」  見透かされそうな漆黒の瞳に、モデルみたいに整った顔立ち。  時折見せてくれる僅かな笑みに誰もが魅了される。  でも、あさ美が高津に抱いたのは違う感情で、高津もそれを受け容れてくれている。 「……あの人は私の『家族』なの。」 「家族?」 「そう、血は繋がってないけど『お兄さん』。」  ――夜を纏う者同士。 「つまり……。」 「そっ、義兄妹って事。」  にっこりと笑う。 「――はい、いってらっしゃい。」  引き吊った笑いを浮かべる内田にあさ美は地図を手渡した。
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