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 目の焦点がうまく合っていない。 「――亜希?」  久保が顔色を変える。  慌てた姿はおぼろげになっていき、代わりに少し年の若い久保が目の前に現れる。 『……進藤。何してんだ?』  記憶は鮮やかに蘇る。  久保は月明かりの中で怒った顔をしていた。 (――何か、怒らせた?)  ――ううん、違う。  これも照れ隠しをしてる表情だ。 《――好きだよ、久保セン。》  甘く囁くような声にドキリとする。  そして、この情景が過去のものだと分かる。  今の自分に出来るのは、映画みたいに流れるそれを眺めるだけ。  辺りは青白い月の光がさらさらと差し込んでいて、それに照らされた久保が妙に神秘的に思える。 《――久保セン、味方でいて。》  祈るように、彼に願う。 《あなたが味方で居てくれるなら、私は何でも頑張るから……。》  切なくて泣き出しそうな声が響いて、視線は窓ガラスの向こうの月に移る。  そして、それがぐにゃりと歪んだ。  ――闇に呑まれる。  目を逸らしたい。  それなのに、どんなに怖くて逃げ出したくても、なぜか磔にあったようにそれから目が逸らせなかった。  歪んだ月はマーブル模様のようになりながら、暗闇に飲み込まれていく。  ――ドクン。  鼓動が跳ねる。  ――ドクン。 『――亜希、君は最低な女だ。』  高津の声が辺りに響く。 『……可哀想な亜希。』  その声を聞くと、金縛りにあったみたいに心が麻痺していく。 《――殺して。》  ――懇願するように。 《――消えてしまいたい。》  身体は真っ黒な闇に覆われ、歪んで消えた月と同じように闇に呑まれていく。  ――息が出来ない。 『君はあの日真っ黒に染まったんだ。』  ――苦しい。 《――彼は唯一の共犯者。》  過去の自分は、高津と唇を重ねる。 『――俺だけが君の味方だ。』  久保の声とは違う冷たい声。  その癖、刺が引っ掛かったみたいに抜けない想い。  瞳の中に髑髏が映りこんだ絵。 (止めて……。)  心が引き裂かれて、バラバラになりそう。 『一度染まれば、汚れは取れない。』  ――止めて。  そう思うのと同時に、今までに感じた事の無い胸の痛みに体を丸める。
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