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心臓を撃ち抜かれたら、こんな風に焼けるように胸が痛いんだろうか。
――声が出せない。
亜希の体勢は、ずるずると崩れて行く。
久保は慌てた様子で、亜希を支えた。
松田夫妻も血相を変えて席を立つ。
ここまでが一瞬の出来事。
「……亜希、聞こえるか?」
握ってくれた久保の手の温もりだけが、こっちが現実なのだと教えてくれる。
久保から香るシトラスの香りに、ようやくほうと溜め息を零す。
「……悪いけど、ソファー貸して貰えないか? 少し横にさせてやりたいんだけど。」
それだけ言うと、壊れ物でも抱くように亜希を抱えてソファーに横にする。
そして、久保の手が優しく亜希の視界を覆った。
視界を遮られると、ほうと長く息を吐く。
「もう大丈夫だからな。」
プールで溺れた時みたいに恐怖におののいていたが、だんだんと落ち着きを取り戻していく。
やがて静かな寝息を立て始めると、久保はほっとため息を吐いた。
久美子が毛布を持ってきてくれて、亜希にかけてくれる。
「今のは、一体……。」
「……何かを思い出したんだろう。急にぼんやりし始めたから、心配はしてたんだけど。倒れるのは初めてだ。」
久保は亜希が眠っているのを確認してから、ぽつりぽつりと話し始める。
「こんな状態なのに、カウンセリングには行きたがらなくてさ……。」
その表情が苦虫を潰したように苦しげなものに変わる。
「……ボロボロに傷付いているのが分かるのに、俺には何も出来ないんだ。」
じわりと目頭が熱くなる。
そして、肩を落とすと、亜希の頭を撫でる。
「――守ってやりたいのは山々なのに、本当に不甲斐ないよな……。」
そう零す久保の様子に、黙ったまま久美子は眉根を寄せた。
「タカ……。」
触れればポキリと折れてしまいそう。
こんな久保を目の当たりにすると、励ましの言葉さえ思い付かない。
「料理、せっかく作ってくれたのに、ごめんな?」
「――ううん、気にしないで。」
ぎこちない笑みを浮かべる久保の様子に食卓に腰を下ろしたままの松田の表情が険しくなる。
「――それで?」
いつになく剣呑とした松田の声色に久美子は、夫を咎めかけて止めた。
「お前は大丈夫なのかよ?」
「――俺?」
「ああ。俺から見たら、お前も相当ボロボロだそ?」
ぎこちない笑みが消え、久保の眉間に深い皺が入る。
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