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「……亜希ちゃんがこうなったのは、お前のせいじゃないんだろう?」  すると、久保はギュッと握り拳を作る。 「……いや、俺があの日亜希を一人にしなければ、こんな風に傷つかなくて良かったんだ。」  大袈裟に嘆くわけではなく、自分の無力さを恥じるようにぼそりと呟くから、余計に胸を打つ。 (――行方を眩ませる前から、亜希の心が壊れて始めているのは分かっていたのに。) 「何をしたらいい? ただ傍にいて見るだけ、聞いてやるだけなんて嫌なんだ……。」  亜希の解離性健忘は、思えば首を括ろうとした日から始まっていた。  おそらく四月の出来事が、亜希のトラウマの原因だろう。  あの日のことは結局、亜希本人と高津くらいしか、何が起こったのかを言えないだろう。  ――苦しい。  胸が張り裂けそうになる。 『キタナイ。』  シャワーの湯けむりの中で、亜希は何度も体を洗っていた。 『真っ黒なの。』  ――何度も、何度も。  あの日々の亜希の様子は、誰にも言えない。 (……記憶が戻ったら、亜希はまたあの日々に逆戻りするんじゃないか?)  何も受け付けず、何も発しない脱け殻のような亜希に。  それが怖くて仕方ない。  でも、止める方法が分からない。  食卓の椅子に腰を下ろしたままの松田は、ただ悲鳴にも似た久保の告白を聞いていた。  沈黙が場を支配する。  久美子は久保の傷ついた様子に、掛ける言葉が見つからず立ち尽くしていた。  松田はカタンと音を立てて椅子から立ち上がり、久美子の横に立つと肩を抱き寄せる。 「――それで全部か?」  久保が暗い表情のまま、松田に顔を向けた。 「……全……部?」 「言いたい事は、それで全部かって訊いてるんだ。」  松田に言われて、ぐにゃりと視界が歪む。  ボタボタと手の甲に涙がこぼれ落ちる。 (――返してくれ。)  胸を掻き毟りたくなるように苦しい。 (俺の知ってる亜希を。)  押し殺していた想いが溢れてきて、苦しさに体をくの字に折り曲げる。 (俺を愛してくれていた亜希を、返してくれ。)  久保は叫びそうになる口を手で塞ぐだけで精一杯だった。
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