27

10/23
前へ
/23ページ
次へ
 そして、ティッシュペーパーを箱ごと渡してくれる。 「……お化粧、直していらっしゃい。」  頬が涙の塩気のせいで、突っ張っている。 「化粧崩れが直ったら、久保さんも呼んでいいかしら……?」 「……はい。」  浜川は話した内容には何も触れる事無く、動じた様子も見せないから、亜希はほっとしていた。  ゆるゆると大学での思い出も蘇ってくる。 「私たちは相談者を患者とは呼ばず、クライアントと呼びます。」  医学の面から患者として接した場合、「健康な状態」にいかに近付けるかを考えて、投薬したり、入院させたりする。  しかし、心理学の面からクライアントとして接する場合には「クライアントの納得する姿」を模索する事を重視するのだ。  カウンセラーは、自分の意思を押し付けてはならない。  重要なのは壁にぶつかり行き場を見失っているクライアントに、他のルートがある事や、乗り越える手段を示す「案内人」となる事。  その手段が催眠であり、箱庭療法であり、体験談の共有だったりする。  ――誰しも人生の壁に、一度や、二度、ぶつかる瞬間がある。  にっちもさっちもいかない時だってある。  それによって、精神的に苦痛を感じたり、追い詰められたりする事もある。  亜希は涙で落ちたマスカラを鏡を見ながら拭う。  ――ひどい顔。  目は涙に潤み、真っ赤に充血している。  浜川に話す中で、ずっと霞み掛かっていた記憶も詳らかになり、自分がどんなに高津に救いを求め、縋っているかを理解してしまった。  問うても、きっと浜川はどうしたらいいかは教えてはくれまい。  ――それは、自分の決める事。  心が「高津の元に戻る」と決まれば、浜川は久保を説得してくれるだろうが、今の自分はそれを選ぶ事が出来なかった。 『――居なく、ならないで。』  久保の切ない声を思い出すだけで、心が千々に乱れる。  ――苦しい。  どんなに化粧を直しても、心の醜悪さまでは隠れてくれない。  ――これは、罰。  久保と高津を傷付けた罪の報い。  頭がズキズキと痛み、吐き気がする。  ――コンナ私、イラナイ。  無理に何かを思い出そうとした時のように、具合が悪くなる。  亜希がふらふらと椅子に座ると、ちょうど研究室のドアが、かちゃりと空いた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加