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そして、ティッシュペーパーを箱ごと渡してくれる。
「……お化粧、直していらっしゃい。」
頬が涙の塩気のせいで、突っ張っている。
「化粧崩れが直ったら、久保さんも呼んでいいかしら……?」
「……はい。」
浜川は話した内容には何も触れる事無く、動じた様子も見せないから、亜希はほっとしていた。
ゆるゆると大学での思い出も蘇ってくる。
「私たちは相談者を患者とは呼ばず、クライアントと呼びます。」
医学の面から患者として接した場合、「健康な状態」にいかに近付けるかを考えて、投薬したり、入院させたりする。
しかし、心理学の面からクライアントとして接する場合には「クライアントの納得する姿」を模索する事を重視するのだ。
カウンセラーは、自分の意思を押し付けてはならない。
重要なのは壁にぶつかり行き場を見失っているクライアントに、他のルートがある事や、乗り越える手段を示す「案内人」となる事。
その手段が催眠であり、箱庭療法であり、体験談の共有だったりする。
――誰しも人生の壁に、一度や、二度、ぶつかる瞬間がある。
にっちもさっちもいかない時だってある。
それによって、精神的に苦痛を感じたり、追い詰められたりする事もある。
亜希は涙で落ちたマスカラを鏡を見ながら拭う。
――ひどい顔。
目は涙に潤み、真っ赤に充血している。
浜川に話す中で、ずっと霞み掛かっていた記憶も詳らかになり、自分がどんなに高津に救いを求め、縋っているかを理解してしまった。
問うても、きっと浜川はどうしたらいいかは教えてはくれまい。
――それは、自分の決める事。
心が「高津の元に戻る」と決まれば、浜川は久保を説得してくれるだろうが、今の自分はそれを選ぶ事が出来なかった。
『――居なく、ならないで。』
久保の切ない声を思い出すだけで、心が千々に乱れる。
――苦しい。
どんなに化粧を直しても、心の醜悪さまでは隠れてくれない。
――これは、罰。
久保と高津を傷付けた罪の報い。
頭がズキズキと痛み、吐き気がする。
――コンナ私、イラナイ。
無理に何かを思い出そうとした時のように、具合が悪くなる。
亜希がふらふらと椅子に座ると、ちょうど研究室のドアが、かちゃりと空いた。
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