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「亜希?」  子供染みているとは思ったものの、亜希は顔を久保の腕に絡み付くようにする。 「――進藤さん、久保さんと少しだけ話をさせて。」  浜川の言葉に亜希は頑なに首を振る。  ――怖い。  亜希は『自分の後ろ』側に感情を隠す。  ――ドクン。  それでも胸騒ぎが大きくなって、うまく息が出来なくなっていく。 「……嫌だ、帰る。」  久保と浜川が話したら、何もかも暴かれてしまいそうな気がする。 「……少しだけだよ。終わったら、お茶しに行こう?」  そう久保に言われても、亜希は首を縦には振らなかった。  さっきから香る花の香りのせいか、ひどく不安になる。 『――いい香りだ。』  不意に高津の声がして、目の前の景色が歪んでいく。  ――ドクン。 (嫌……だ……、思い出したくない。)  この場にいるはずのない高津が、優雅な足取りで自分に近付いてくる。 『あんまり良くない報せはお伝えしますけどね。』  高津の底光りするような瞳を思い出す。 『彼は止めておいた方が良い。』  脚が震えてくる。 『彼はね、いずれ万葉さんと結婚するよ。』  亜希はカタカタと震え出すと、久保の事を探した。 「貴俊、さ……ん。」  近くにいるはずの彼がいない。 『彼は『君以外の女と結婚する』って言ったんだ。』  高津の言葉に、亜希は上手く呼吸が出来なくなる。 「……亜希?」 「貴俊、さ……ん。」  感情が無くなり、虚ろな表情で久保を探す。  目の前にいるのに、亜希は自分を見ない。  そして、腕に掴まっていた手から力が抜けていく。  久保は亜希を支えようとしたが、浜川はそれを手で制した。 「あの……。」 「し……っ、静かに。」  だらりと腕を下ろした亜希の顔色は、真っ青になっていく。  ――世界が揺れる。 『君が傷付くだけだよ?』  すぐ近くに立った高津の広い胸に包み込まれる。  ――甘いムスクの香り。  「離して」と思ったのを感じ取ったのか、高津の身体が僅かに離れる。 『――離しても良いけど。君は泣くだろう?』  ――泣く?  ――何故?  そう思ったものの、視界は、高津の胸へと埋めていくように変わっていく。  ――これは、過去の情景。  そう分かっているのに。
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