39人が本棚に入れています
本棚に追加
「亜希?」
子供染みているとは思ったものの、亜希は顔を久保の腕に絡み付くようにする。
「――進藤さん、久保さんと少しだけ話をさせて。」
浜川の言葉に亜希は頑なに首を振る。
――怖い。
亜希は『自分の後ろ』側に感情を隠す。
――ドクン。
それでも胸騒ぎが大きくなって、うまく息が出来なくなっていく。
「……嫌だ、帰る。」
久保と浜川が話したら、何もかも暴かれてしまいそうな気がする。
「……少しだけだよ。終わったら、お茶しに行こう?」
そう久保に言われても、亜希は首を縦には振らなかった。
さっきから香る花の香りのせいか、ひどく不安になる。
『――いい香りだ。』
不意に高津の声がして、目の前の景色が歪んでいく。
――ドクン。
(嫌……だ……、思い出したくない。)
この場にいるはずのない高津が、優雅な足取りで自分に近付いてくる。
『あんまり良くない報せはお伝えしますけどね。』
高津の底光りするような瞳を思い出す。
『彼は止めておいた方が良い。』
脚が震えてくる。
『彼はね、いずれ万葉さんと結婚するよ。』
亜希はカタカタと震え出すと、久保の事を探した。
「貴俊、さ……ん。」
近くにいるはずの彼がいない。
『彼は『君以外の女と結婚する』って言ったんだ。』
高津の言葉に、亜希は上手く呼吸が出来なくなる。
「……亜希?」
「貴俊、さ……ん。」
感情が無くなり、虚ろな表情で久保を探す。
目の前にいるのに、亜希は自分を見ない。
そして、腕に掴まっていた手から力が抜けていく。
久保は亜希を支えようとしたが、浜川はそれを手で制した。
「あの……。」
「し……っ、静かに。」
だらりと腕を下ろした亜希の顔色は、真っ青になっていく。
――世界が揺れる。
『君が傷付くだけだよ?』
すぐ近くに立った高津の広い胸に包み込まれる。
――甘いムスクの香り。
「離して」と思ったのを感じ取ったのか、高津の身体が僅かに離れる。
『――離しても良いけど。君は泣くだろう?』
――泣く?
――何故?
そう思ったものの、視界は、高津の胸へと埋めていくように変わっていく。
――これは、過去の情景。
そう分かっているのに。
最初のコメントを投稿しよう!