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暴れても縄が締まっていくばかり。
――真っ黒になる。
涙も溢れて止まらない。
《――助けて、久保セン。》
悲痛な叫びも猿轡のせいで呻きにしかならない。
心がひび割れていく。
壁の近くに傍観している自分が立っている。
――あれが、自分。
こんな酷い目に会っているのは自分じゃない。
――見たくない。
気を失いかけると、頬を叩かれて、現実に引き戻される。
口の中が鉄臭く、唇を噛み切ったのが分かった。
徐々に心は反応しなくなり、体は快楽に溺れていく。
頭の中が真っ白になる。
やがて亜希は考える事を放棄した。
泣くのも呻くのも叫ぶのもやめた頃、男は縄を解いた。
抱かれた時の記憶はなく、ただ人形のように体を揺さ振っていた。
――脆くて弱い自分。
心は恐怖から動けずにいるのに、体は愛撫に跳ねて、喘ぎ、しなる。
自分の声を聞きながら、狂っていく。
最後は打ち捨てられるように、ベッドに放置され、男は服を着るとどこかに電話をして、笑っていた。
――動けない。
――生きる屍。
久保に合わせる顔が無いと思った。
――辛い。
――苦しい。
そして、何よりこんな醜い自分を久保の前に晒したくなかった。
――死に、たい。
そう思って、自分を縛っていた紐に手を伸ばす。
すると、その先に別の男が入ってくるのがぼんやりと視界に入ってきた。
――ゆったりとした歩み。
〈……誰が来たの?〉
浜川の声に「高津さん」と短く答える。
〈高津さん、ね。良ければ高津さんについて教えて。〉
しかし、亜希はその問いに頷けなかった。
高津は、浅い息の亜希を見つけると、俯せで横たわっている背骨付近を長い指で、労るように撫でてくれる。
言葉にはならない呻き声が口の端から漏れた。
その様子に高津は優しげな顔をする。
そして、背中にキスをしてくれる。
――優しく、そっと。
苦しくなって猿轡を自ら外そうとする。
不思議とそれも高津は手伝ってくれた。
――言葉を交わす事なく。
ただ、優しく触れてくる。
それが媚薬の効いた身体には心地よくて。
そして、情けなかった。
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