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「――もう一度、ゆっくり深呼吸をしてみましょう。」
浜川の声に震えながらも、こくんと頷く。
「――何か、怖い事が起きたの?」
それに再びこくんと亜希が頷く。
「……オークション。」
ぽつりと微かな呟きに、浜川は眉間に皺を寄せた。
「……オークション?」
「――私に値段が付けられていくの。」
青ざめた顔のままで、口調だけは淡々と、感情をなくした声で呟く。
――無数の手。
――にやりと笑う仮面の群衆。
胸には哀しみと恐怖が溢れていた。
去っていく高津の背中に許しを願う。
――許して。
でも、距離はどんどん離れていく。
その間にも、力任せに押さえ付けられ、鞭打たれる。
――競りの声。
仮面の群れに紛れて、傍観者の立場になる。
荒縄で縛られて、鞭打たれて、肌がみみず腫れになっていく。
そして、品評と称して、無数の指が、舌が肌を這いずり回る。
壊れていく。
崩れていく。
何もかも――。
痛みと快楽の渦に呑まれていく。
――コンナノ私ジャナイ。
「要らないなら、いっそ殺して欲しかった……。」
亜希がぽろぽろと泣き始める。
「……私ね、高津さんと生きる事を選んだの。」
――久保とではなく。
そして、選んだ瞬間に高津に捨てられた。
――だけど。
亜希はだんだんと過去の記憶から現実へと引き戻ってくる。
『――君を迎えに来た。』
高津は、まるでかぐや姫に出て来る月の使者のように、問答無用で心を捕らえにくる。
――久保と居たいのに。
このままでは高津に攫われてしまう。
――思い乱れる。
亜希が顔を手で覆うと、浜川は何も言わずに、手を伸ばすと亜希の背中をさすってくれた。
「――お水、持ってくる?」
「いえ……、大丈夫です……。」
その声には、感情が戻ってきていた。
瞳にも生気が宿り、あたりを見回す。
「……大丈夫?」
「――はい。」
受け答えもしっかりしたところで、浜川はふっと笑みを溢す。
「――よく話してくれたわね。」
時間は一時間半が経とうとしていた。
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