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「だから、亜希は何もくれなくていい。」 「でも……。」 「いいんだ、俺に攫われてくれるってだけで。」  今夜、彼女を放っておけば久保の為に涙するにちがいない。  ――それが嫌だ。  子どもじみた考えなのも分かっている。 「貰えるなら、亜希が欲しい。」  ククッと喉を鳴らすように笑うと亜希の肩に高津は頭を埋めた。 「浩介さん……?」  亜希が恐る恐る訊ねる。 「……情けない。君といると、本当に情けない自分にため息が出るよ。」  ――こっちを見て。  ――他の奴なんか見ないで。  ――傍に居て。  亜希の手を恭しく取ると、高津はそっと包み込む。  そして、ゆっくりと歩きだす。  ビル風は生温く、頬を赤く染めたまま、亜希は高津の隣を歩いた。  ――鼓動が煩い。  ――掻き乱される。  青い空にあった入道雲が、今はもう暗雲と化していて、西の空から向かってくる。  ――追い立てられる。  ――逃げられない。  まるで夕立のように激しく降る高津の想いに打たれてしまう。  手を繋いでいる所から、ひしひしと伝わってくる。  きっと「待って」と思っていても、その想いが降り出したら容赦なく打ち付けてくるだろう。  それが何となく怖い。  ――逃げたい。  ――何もかも無かったことにして。  このまま、平穏な関係でありたいのに、きっと攫われたら流されてしまう。 「……逃がすつもり、無いからね。」  高津がちらりと悪戯めいた視線を投げてくる。 「そろそろ行かないと、予約時間に遅刻する。……急ぐよ。」  高津にエスコートされながら、夕闇迫る街を行く。  もうすぐ夕立が降る。  周りの景色も湿り気を帯びていく。  雨の匂いがした。
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